苦手な人のことを理解しようとしなくてもいいよ

苦手だなあ、と思う人がいたとき、あなたは、どうしていますか?

ちょっと、距離を置く

そんな解決法を選んでいる人もいるかもしれません
すごくいいですね

または、こんな解決法で対処している人もいるかもしれません

苦手な人のことを理解する

私も時と場合に応じて、この2つの方法を使っていました

でも今は別の解決法のほうがいいのかもしれないな・・・と感じています

特に、

苦手な人のことを理解する

は、あまり良い方法ではないな、と今では思っています

 

まず、苦手だなあと思う人がいたとき
そして、その人にかかわると何かにつけて心が乱されてしまうとき
私はできるだけ関わらなくてもよい方法をとります

あなたは、どうですか?

だけど、たとえばその苦手な人が自分の生活の中で割と身近な人だったりする場合、親であったり直属の上司であったりで距離を置くことができないとき、あなたは、どうしていますか?

以前の私は、その人のことを理解しようとしていました

たとえば、かつて、仕事関係でパワハラを受けたとき、私は「どうしてその人は、こんな態度をとるのだろう」と、その人の生まれ育ちや家族について想像していたりしました

そうやって想像しながら、

この人も親から同じような扱いを受けてきたのかもしれない
この人も満たされない気持ちがこうした態度になっているのかもしれない

自分にわかる世界の言葉で相手のことを理解しようとしていました

そうすると、少しは、相手のことを許せるような気がするから

そして、こうやって自分なりに理解することで気持ちが軽くなるのなら、この方法はもちろんありだと思います

 

でもね、最近思うのは、

理解できない人もいる

ということ

相手から、理不尽な態度をされるとき、相手がどうして人に対してそのような態度をとるのか、どんなに好意的に解釈しようとしても理解できないこともあります

むしろ、私は、

理解できないことのほうが多い

と感じています

だからね、理解しようとするのは辞めました

 

ありのままを捉える

その人は、そういう人なのです
私と違うからといって、理解しようとしなくてもいいんです

そして、私はその人と関わることで、何かを刺激されている
心がざわつき、乱されている
そのことも、ありのままに感じればいい

心がざわついたり、乱されることを感じるのは気持ちの良いことじゃないけど、だけどそれを良いものに変える必要もない

あー、いやな感じだなあ。。。

と、感じればいい

いやな感じだけど、
こんな学びがあった!

なんて、ムリグリ意味をつけなくてもいい
ジャッジしなくていいんです

 

理不尽な扱いをする人がいる
自分の内側がざわついている

この二つが起こっているというだけ

起こっていることに対して、あなたが「これは悪いことだ」と判断するから、良くしなければ!というエネルギーが働く

だから、あなたは、

相手のことを理解してみたり、理由をつけて無理にポジティブに考えようとしてみる

もちろんきっと、その人と出会っていることには意味があります

今、あなたが理不尽な思いをしていることにも意味があります

だけど、その意味は今のあなたにわかるとは限らない
数年後につながることなのかもしれない

未来はね、きっと大丈夫なんだよ

だから、そのまま放っておいても構わないんです
そのままを受け止めていたらいいんじゃないかな?